2.11.2008

雪の五稜郭

五稜郭は幕末の日米和親条約により開港した箱館の守りとして築城された西洋の稜堡式城郭で、当時の正式名称は「亀田役所土塁」と言うそうです。
資料館に行くことを楽しみにしていましたが、函館奉行所を再建の為閉鎖中でした。残念。


五稜郭より御陵各タワーを臨む


西洋式城郭と言えども、石垣は日本式の積み方で、雪景色と相まって非常に美しい景観です。


堀もすっかり氷雪一面です。

築城されたときには既に目的を失っており、予算不足も重なり当初の計画より縮小されたとの事。
確かに40年後にはべトンのトーチカがものを言った日露戦争があったのですから。


五稜郭公園



外国人が見た十九世紀の函館
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1.03.2008

延岡城

正月三日に、宮崎の県北方面へドライブ(と言っても父が運転)
先ずは父が高校卒業まで過ごした延岡にある延岡城へ。

延岡城は高橋元種が1603年(慶長8年)に築城した平山城で別名縣城とも。延岡藩の政庁である。延岡藩は藩主を高橋家、有馬家、三浦家、牧野家と変えながら、最終的には1747年に内藤家が七万石で入封しそのまま明治維新を迎えている。因みに三浦家以降は日向国唯一の譜代大名藩である。

天主台跡地の「城山の鐘」

若山牧水も歌に詠んだ鐘の音は今でも毎日6回市民に時を報せている。話を伺ったところ、今日鐘を突いていた人はヘルプとか。

「千人殺し」の石垣

石垣の一部をはずすと一気に石垣が崩れ、千人の敵を殺すと言われている。

試しにはずしてみようと思ったが、当然のごとくはずせなかった・・・。
毎年10月にはこの石垣の前で「天下一薪能」が開催されている。

北大手門

平成5年に再現された大手門。父が子供の頃には当然無かったらしい。

若山牧水の歌碑

「なつかしき 城山の鐘 鳴りいでぬ をさなかりし日 聞きしごとくに」
牧水は、延岡高等小学校入学から旧制延岡中学校卒業までの約8年間をこの延岡で過ごした。

城山公園


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