2.05.2008

ミニチュア土器出土 清武上猪ノ原遺跡

宮崎日日新聞より
ミニチュア土器出土 清武上猪ノ原遺跡
清武町船引の清武上猪ノ原(かみいのはる)遺跡から、縄文時代草創期(1万2千年—1万年前)のものとみられるミニチュア土器が見つかったことが、4日分 かった。同町教委によると、県内では同時期のミニチュア土器が出土したのは初めて。九州でもほとんど発見されていないという。
 
 土器は、おちょこのような形で高さ約4センチ、口縁部は直径約3センチで、輪状にした粘土を積み上げた跡がある。同町教委の秋成雅博主事によると、用途は不明だが、基本的な縄文土器の作り方を踏まえているという。

 ミニチュア土器は同町加納のきよたけ歴史館で開催中の企画展「縄文の清武」に展示している。問い合わせは同館TEL0985(84)0234。

【写真】清武上猪ノ原(かみいのはる)遺跡から見つかったミニチュア土器=4日午後、清武町のきよたけ歴史館

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1.20.2008

縄文草創期住居跡新たに8軒 上猪ノ原遺跡

縄文草創期住居跡新たに8軒 上猪ノ原遺跡 (宮崎日日新聞)
 清武町教委が同町船引で発掘調査を進めてきた清武上猪ノ原(かみいのはる)遺跡の縄文時代草創期(1万2千年前—1万年前)住居跡が、14軒分に上ったことが分かった。同時期の住居跡としては国内最大規模で、専門家は「ムラの成立過程を知る手掛かりとなる全国的にも貴重な遺跡」と高く評価している。

 清武町教委が19日までに調査結果をまとめた。同遺跡は、県の農免道路建設に伴い2005年8月から同教委が進めてきた調査では、昨年4月までに六軒の住居跡を発掘。その後、さらに8軒分が見つかった。

 全国的には縄文時代草創期の住居跡は発見例が少なく、今回の住居跡は大規模住居跡としては静岡県芝川町の大鹿窪(おおしかくぼ)遺跡で確認された14軒分に匹敵する規模となった。


貴重な縄文草創期の大規模住宅跡が宮崎に存在するというのは一寸うれしかったりする。(←宮崎出身だけに)

日本の古代史は面白い。近年の考古学調査の結果が歴史をどんどん塗り替えてゆく。それに従って縄文時代もその時期が前倒しとなってきている。
僕が学生の頃は、縄文時代は約1万年前から前3世紀頃に栄えた新石器文化の時代と習った。手元にある高校時代使っていた山川出版社の『日本史用語集』(1993年第1版第19刷)にもその様に書かれている。ところが後に購入した角川書店の『日本史辞典』(1996年)には「およそ前1万年前から前4C.頃までにあたり」と書かれている。2002年版の東京書書籍の『ビジュアルワイド 図説日本史』にも「B.C.1万年〜B.C.3000年」とあるから同じ。この数年で縄文時代の開始が2000年ほど早まった計算だ。更に昨年末出版された小学館の『旧石器・縄文・弥生・古墳時代 列島創世記[全集 日本の歴史]』によるとおおよそ15,000年前から2,800年前が縄文時代である。(上記ニュースでは草創期を1万2千年前からとしているので、縄文時代の開始を1万2千円前と見ているようである)
また、狩猟と採集中心で原始的と思われていた縄文社会も、発掘調査の結果、発達した建築技術、広域の交流、更には農耕の開始と、非常に豊かであったことが判明している。
旧石器時代から古墳時代まで、国内では同時代の文献資料が存在しないため、これらの時代を知るには考古学に大きく依存している。そして、その考古学の調査と分析による新たな発見が現在進行形でもたらされているという点で、我々もまた古代史を現在進行形で経験することができているかのようである。

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1.03.2008

高千穂峡

延岡城に続いて今度は神話街道(国道218号)を西へ向かう。目指すは高千穂。日本神話における天孫降臨の舞台である。

高千穂鉄道の線路に時々併走しつつ、五ヶ瀬川沿いに上流へ向かい、途中からは九州山地のトンネルと橋を抜けてゆく。途中通過した青雲橋は水面からの高さ137mで、国道に架かる橋としては東洋一の高さである。

山の中に急に街が出現し、そこが高千穂町であった。高千穂神社や天岩戸神社、国見ヶ丘等神話に連なる名所が多いが、今日は時間が無いので高千穂峡のみの見学。

高千穂峡

高千穂峡は、8万4千年から8万9千年前の阿蘇山噴火に伴う火砕流が冷却された柱状節理を五ヶ瀬川が浸食して出来た神秘的なV字渓谷である。日本の滝100選に選ばれている真名井の滝が渓谷に注ぎ込み、神々しさをさらに演出している。
この寒い中ボートを漕ぐ観光客が大勢いたのには驚いた。今度夏に来たら僕もボートに乗ろう。

高千穂峡渓谷

因みに天孫降臨の地とされる「高千穂」はもう一つある。鹿児島との県境にある高千穂峰である。

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延岡城

正月三日に、宮崎の県北方面へドライブ(と言っても父が運転)
先ずは父が高校卒業まで過ごした延岡にある延岡城へ。

延岡城は高橋元種が1603年(慶長8年)に築城した平山城で別名縣城とも。延岡藩の政庁である。延岡藩は藩主を高橋家、有馬家、三浦家、牧野家と変えながら、最終的には1747年に内藤家が七万石で入封しそのまま明治維新を迎えている。因みに三浦家以降は日向国唯一の譜代大名藩である。

天主台跡地の「城山の鐘」

若山牧水も歌に詠んだ鐘の音は今でも毎日6回市民に時を報せている。話を伺ったところ、今日鐘を突いていた人はヘルプとか。

「千人殺し」の石垣

石垣の一部をはずすと一気に石垣が崩れ、千人の敵を殺すと言われている。

試しにはずしてみようと思ったが、当然のごとくはずせなかった・・・。
毎年10月にはこの石垣の前で「天下一薪能」が開催されている。

北大手門

平成5年に再現された大手門。父が子供の頃には当然無かったらしい。

若山牧水の歌碑

「なつかしき 城山の鐘 鳴りいでぬ をさなかりし日 聞きしごとくに」
牧水は、延岡高等小学校入学から旧制延岡中学校卒業までの約8年間をこの延岡で過ごした。

城山公園


宮崎県の歴史散歩 (歴史散歩)
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1.01.2008

初詣

今年は宮崎市内で元旦を迎えたので、自ずと初詣も宮崎市内の神社となりました。

まずは宮崎観光ホテルから歩いて参拝。

宮崎八幡宮
宮崎八幡宮
祭神は誉田別尊、足仲彦尊、息長帯姫尊、伊邪那岐命、伊邪那美命、橘大神で、11世紀に勧請・造営された神社との事。

続いて車にて宮崎神宮へ。

宮崎神宮
宮崎神宮
祭神は神日本磐余彦尊(神武天皇)、鵜茅草茅不合尊、玉依姫命。造営時期は不詳ながらも、神武天皇が東征する前に宮をおいていた高千穂宮の跡と言われています。宮崎では「神武さま」の名で親しまれている神社です。高校がそばだったので、体育のマラソンの授業の時は宮域の周りを走らされておりました。

今年はこの2社で終了。三社参りできていない・・・。

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posted by 公方 at 22:41, | 0 comments

宮崎観光ホテルでの年越

今年のお正月はゆっくりと宮崎観光ホテルで家族と共に迎えました。自宅以外で正月を迎えるのは久しぶりです。
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チェックインして仮眠した後(昨晩は徹夜だったので・・・)、夕食を東館2FのDiamant Rougeというフレンチレストランで。おいしひ。
続いて温泉。たまゆら温泉といいます。
たまゆら(玉響)とは「少しの間。ほんのしばらく。」との意味。宮崎を舞台にした川端康成の小説のタイトルにもなっており、そんな訳で温泉の名称として採用されたとか。
追記:川端康成の小説『たまゆら』を読みましたが、宮崎は舞台ではありませんでした。宮崎が舞台なのは、川端康成が原作を書き下ろしたNHKの連続テレビ小説「たまゆら」の方の様です。

露天温泉から煙る白い湯気が漆黒の空に飲み込まれ行くを見るは、宮崎の市街地にいることを、温泉名のとおりしばし忘れさせてくれ、とても気持ちが良いものでした。
それからルームサービスで年越し蕎麦を。お昼もお蕎麦だったけど、蕎麦好きだから構いませぬ。
で、もう一度温泉に入って、マッサージ。あまりに気持ちがいいのでよだれをたらしながらうたた寝。
そして部屋でビール片手に行く年来る年を見ながら新年を迎えたのでした。(新年初のNHKニュースのアナウンサーが年初の挨拶を噛んだのはかわいそうだった・・・)

元旦朝一は朝日を臨みながら抹茶を楽しみ、お屠蘇を頂いてからおせちメニューと郷土料理のビュッフェ。となりのテーブルのおじいさんは、お一人でホテルでお正月を迎えられた様ですが、そんなスタイルが妙に格好よかったです。

ということで、昨年の終わりと今年の始まりはそんな感じだったのでした。

宮崎観光ホテル
住所:〒880-8512 宮崎県宮崎市松山1-1-1
TEL:0985-27-1212  FAX:0985-23-0310
宮崎観光ホテル


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12.31.2007

今日買った本

宮崎に「鉱脈社」という出版社があり、宮崎に関連した様々な書籍を出版しております。今日宮崎の書店で、鉱脈社から出ている「みやざき文庫」の中から次の本を買い求めました。

古代日向・神話と歴史の間』北郷泰道著 鉱脈社
西都原古代文化を探る―東アジアの観点から』日高正晴著 鉱脈社

宮崎の歴史というとやはり古代史が注目されます。実際私の実家のある町高鍋町にある持田古墳群にも前方後円墳の計塚を始めとした数多くの古墳があります。それ以降で目立った遺跡としては近代城郭である高鍋城ぐらいでしょうか。高鍋は児湯郡に属し、神話世界で瓊瓊杵尊と木花之開耶姫の間の子の産湯を使った「子湯」に因む土地であり、隣の西都市は日向国の国府にして男挟穂塚、女挟穂塚で有名な西都原古墳群があります。県の南部には南九州に特有の「地下式横穴墓」の遺跡も多く、古代に日向が一つの文化の中心地であったことを伺わせます。

古代日向・神話と歴史の間 (みやざき文庫 50)
北郷 泰道
鉱脈社 (2008/01)
西都原古代文化を探る―東アジアの観点から

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